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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(オ)271号 判決

上告人

金泰成

右訴訟代理人

塚本誠一

被上告人

渡辺清

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人塚本誠一の上告理由について

約束手形の支払拒絶証書が作成される前であつて、しかもその作成期間の経過前にされた裏書は、たとえ不渡の符箋等により満期後の支払拒絶の事実が手形面上明らかになつた後にされたものでも、満期前の裏書と同一の協力を有するものと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 団藤重光 藤崎萬里 本山亨 谷口正孝)

上告代理人塚本誠一の上告理由

原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法律の解釈を誤つた違法があり、到底破毀を免れない。

一、原判決は、手形法第二〇条一項(七七条)の解釈として、「同項が『支払拒絶後』の裏書と規定せず『支払拒絶証書作成後』又は『支払拒絶証書作成期間経過後』の裏書と規定しているのは、これをもつて形式的に明確な基準となるべき時点を定めようとする趣旨にほかならないから、右期間内の支払拒絶後の裏書をもつて期限後裏書と解することはできないとして上告人の主張を排斥した。

二、しかしながら、右判決は手形法二〇条一項(七七条)の解釈、適用を誤つたものである。

1 原判決の確定した事実によれば、上告人は本件手形を今村栄三に宛て振出し、今村はこれを満期日である昭和五二年一一月三〇日に支払場所に呈示して支払を求めたが、支払を拒絶され、同日支払担当者である朝銀京都信用組合によつて本件手形に不渡符箋が貼付され、今村は本件手形の支払拒絶証書作成期間内である同年一二月二日に、本件手形につき被裏書人を被上告人とする裏書をし、被上告人は本件手形を所持していることとなる(原判決理由第一項)。

2 そこで、問題となるのは、支払呈示期間内に呈示され支払拒絶されたことが、手形面上明らかとなつたのち、支払拒絶証書作成期間経過前にした裏書は、期限後裏書であるか否か、期限後裏書でなくとも、手形法第二〇条の類推適用により指名債権譲渡の効力しかないか否かである。

3 手形法第二〇条期限後裏書に関する規定はもともと既に支払が拒絶されたか又は手形金が本来的に支払われるべき期間を経過しながら、しかも何らかの事情で支払われないことが証券上明白になつた後に行なわれた裏書は、最早遡求の段階に入つた後であるから、流通を促進するため裏書に認められた特別の効力を認める必要がないため指名債権譲渡の効力しかないものとしたのである。

現今、約束手形については、全国銀行協会連合会所定の統一手形用紙制度が採用せられ、流通におかれた統一手形用紙による約束手形の大部分は、手形交換を通じて決済せられており、たまたま不渡手形が生じたときは、各手形交換所の規則等により、持帰銀行が支払拒絶の符箋を当該不渡手形に貼付することとなつている。また統一手形用紙には裏書欄に「拒絶証書不要」との拒絶証書作成義務免除の旨が印刷されていることから、持帰銀行の右のごとき措置により、支払拒絶が手形面上明白となつて、これを契機として遡求段階に入るのが取引の実態である。

従つて不渡符箋が貼付せられ、手形面上支払拒絶が明白となつた場合、その後になされた裏書については手形法二〇条一項の前記趣旨に鑑み、同条に定める「支払拒絶証書作成後」に準じて期限後裏書であり、指名債権譲渡の効力のみを有すると解するべきである。

(同旨福岡地判、昭三五・二・二九・下民一一・二・四五七。東京高判昭三六・四・一一下民一二・四・七六五、東京地判昭和四七・八・三一・判時六八一・八四。東京地判昭四八・四・一一判時七〇四・九五。石井照久・手形法小切手法二四〇。田中誠二・手形法小切手法詳論下五三三。大塚「満期と呈示期間」手形法小切手法講座四巻・九五)

なお、この場合支払拒絶証書の作成がないことについては、さほど考慮を払う必要はない。何故なら、支払拒絶につき支払拒絶証書の作成が要求されるのは遡求について支払拒絶の事実が当事者の利害に重大な影響を及ぼすからであつて、手形の流通促進を目的とした抗弁切断の制度を考える場合はまた趣を異にするからであり、しかも本件の場合、今村栄三は受取人であり、また被上告人は、これより拒絶証書作成義務免除の上、裏書を受けたものであるから、両名とも支払拒絶証書作成の必要性は何ら存しないからである。

4 本件手形について考察すれば、前記1で述べた如く、本件手形は、不渡符箋の貼付された後、今村栄三から被上告人に裏書譲渡されたものであるから、右裏書は期限後裏書であり、指名債権譲渡の効力しか有していないのであるから、上告人は今村栄三に対する抗弁をもつて被上告人に対抗しうることとなる。

従つて原判決が、これに反して第一項記載の如く判断したのは法律の解釈適用を誤つた違法があるものと言うべく、到底破毀を免れないと思料する。

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